甲状腺疾患
甲状腺疾患
甲状腺は首の前の部分、喉仏の下側にある臓器です.蝶が羽を広げたような形をしており(当院のマークの一部が蝶になっているのは甲状腺を連想するデザインにしているためです)、通常は大きさが4㎝~5cm程度、重さは15g〜20g程度になります.
体内で産生・分泌され、各臓器や細胞などで様々な作用を及ぼす物質を「ホルモン」といいます.そのホルモンの一つである「甲状腺ホルモン」は、この甲状腺で産生、血液中に分泌されて必要な部分に供給されます.
甲状腺ホルモンは全身の代謝調節や身体活動の活性化、成長発達の促進に関与するなど、生命活動を維持するために非常に重要な働きをしています.
ホルモンは上記のような作用を有する為、その量が少なすぎても多すぎても身体に影響を及ぼし、その程度次第では症状が出てくるようになってきます.
甲状腺ホルモンが不足する病態を「甲状腺機能低下症」、逆に過剰になる病態は「甲状腺機能亢進症」と言われます.
甲状腺ホルモンの分泌量は、下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって制御されます.そのため、下垂体機能の低下(TSH分泌が低下する)ことで甲状腺ホルモンの量が減少することがあります.また、甲状腺疾患の治療のための甲状腺の部分切除・全摘やヨード摂取過剰による甲状腺機能抑制なども甲状腺機能低下症の原因になります.成人の甲状腺機能低下症で最も頻度が高いのが橋本病(慢性甲状腺炎)になります.
一方、甲状腺機能亢進症にも様々な疾患があります.
甲状腺ホルモンは甲状腺内で産生された後、一旦濾胞というプールに貯蔵されますが、その濾胞が破壊されて血中に甲状腺ホルモンが過剰に放出されて、甲状腺機能亢進症を引き起こすことがあります.その様な病態は「破壊性甲状腺炎」と言われますが、これには亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎といった疾患があります.亜急性甲状腺炎は上気道感染をきっかけに発症することが多く、ウイルス感染症との関連が示唆されています.無痛性甲状腺炎は甲状腺自己抗体や出産、免疫チェックポイント阻害薬利用などとの関連が考えられています.(頻度こそ高くありませんが)甲状腺内にTSHの分泌に無関係に甲状腺ホルモンを産生分泌する機能性結節が生じてしまうPlummer病という疾患もあります.そして自己免疫の異常で発症し、甲状腺ホルモンの産生量が増えてしまう「バセドウ病」は実臨床で多くみられる疾患の一つになります.
甲状腺機能異常を呈する疾患は様々有りますが、ここでは頻度が高い疾患として「橋本病(慢性甲状腺炎)」「バセドウ病」「亜急性甲状腺炎」について触れておきましょう.また「甲状腺腫瘍」についても簡単に説明します.
橋本病は慢性甲状腺炎ともいわれ、甲状腺機能低下症の代表的な病気です.自己免疫の異常により甲状腺に炎症が生じ、徐々に甲状腺機能低下を来します.甲状腺も腫れてしまうため、首が太くなったように感じる人もいます.全身の代謝が低下するため、耐寒性の低下や倦怠感など、下記に挙げるような症状が出てきます.症状は多彩であり、鬱病、更年期障害、認知症などと間違われることもあり、診断がつくまでにスムーズに行かない例も散見されます.
橋本病は女性に多い病気で、男女比は男:女=1:20とされます.特に30歳台~50歳台の女性で発症頻度が高いとされています.女性では10人に1人程度が橋本病だという説もあり、ありふれた病気と言っても良いかと思います.
免疫とは自分の身体を守るシステムの一つであり、体の外部から侵入した細菌・ウイルスや体内で生じた異常な物質・細胞を排除する役割を受け持っています.ところが本来自分の体の味方であるはずの免疫機能が「反逆をおこし」自分の体(臓器、細胞)を攻撃してしまう病態があり、それらを総称して「自己免疫疾患」と言います.橋本病は(後で紹介するバセドウ病もですが)自己免疫疾患の一つです.橋本病で自己免疫異常が生じてしまう原因は分かっていませんが、遺伝的要因、ストレスや過労などの環境要因が関与しているとされます.また妊娠や出産といった体内環境が大きく変化するタイミングで発症する例もあります.
橋本病では自分の甲状腺を攻撃する「自己抗体(抗サイログロブリン抗体(抗TG抗体)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体))」ができてしまい、甲状腺に炎症を引き起こしてしまいます.この慢性的な炎症が遷延すると、甲状腺ホルモン産生能が低下し、甲状腺機能低下症に至ることがあります.
また発症には家系的要因も否定出来ず、患者さんの中には「母、自分、娘、みんな橋本病です」というケースも少なくありません.
橋本病の診断では主に以下の様な検査を行い、総合的に判断して診断します.
甲状腺機能が正常であれば治療の必要はありません.機能が低下している場合には、不足している甲状腺ホルモン(レボチロキシン)を補充する薬物療法を行います.そもそも投薬が必要ない人や治療初期には内服しても後々減量・中止できる例も散見されます.しかし薬物治療を長期間継続する場合は少なくありません.
女性の場合、妊娠出産に制限はありませんが、妊娠中の甲状腺機能低下は児の発育や妊娠経過への影響のリスクがあり、必要に応じて甲状腺ホルモンの内服および調整を行っていくことが重要です.
また過剰なヨード摂取は(甲状腺機能を低下させるため)避けた方が良く、海藻類、昆布類(出汁とか酢昆布なども含む)の食べ過ぎには十分ご注意ください.
橋本病(慢性甲状腺炎)の所でも述べたように、バセドウ病も自己免疫疾患の一つであり、自身の甲状腺に対する抗体ができてしまい、様々な症状を来す病態です.
抗TSH受容体抗体(TRAb)や甲状腺刺激抗体(TSAb)により、甲状腺のTSH受容体を刺激することにより、甲状腺ホルモンの分泌が過剰になり、交感神経刺激や代謝亢進を来し、後に列挙するような様々な症状がでてきます.甲状腺ホルモン過剰の状態を甲状腺中毒症といいますが、バセドウ病以外にも亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎、Plummer病、甲状腺ホルモン剤の過剰摂取等でも甲状腺中毒症をもたらします.バセドウ病とここに挙げた他の疾患との相違点は、上述の抗体が存在する点、またその抗体により外眼筋および眼窩脂肪組織が増大をきたし、甲状腺眼症(バセドウ病眼症)を起こす点などがあります.
バセドウ病は女性に多い病気で、男女比は男:女=1:4程度と言われています.年齢別では20歳台~30歳台の発症が多いようですが、70歳以上の高齢での発症も例外ではありません.2001年頃の報告では我が国での患者数は10万人前後とのことですから、決してまれな疾患ではありません.
この様にホルモン産生を増加させてしまう抗体が出来る理屈はよく分かっていません.遺伝的要因、ストレスや過労、妊娠や出産といった体内環境の大きな変化等が関与していると推察されています.
バセドウ病の診断では主に以下のような検査を行い、総合的に判断したうえで診断します.
治療法には「薬物療法」、「アイソトープ療法(放射性ヨウ素内用療法)」、「手術療法(甲状腺摘出術)」の3つがあります.まずは抗甲状腺薬による薬物療法が行われるケースが多いかと思います.甲状腺ホルモンの推移を見ながら内服薬用量調整を行います.順調にいくケースでは用量の漸減および中止が検討されますが、薬物療法からの離脱が困難なケースも少なくありません.薬物治療を2年以上継続しても薬剤中止の目途が立たない場合には、他2つの治療法(アイソトープ療法や手術療法)への変更を検討していきます.
甲状腺機能低下症の説明で「ヨウ素の過剰摂取によって甲状腺ホルモンの産生・分泌が低下する」という旨の記載をしましたが、甲状腺機能亢進症(甲状腺中毒症)の病態に対してヨウ素の薬剤(ヨウ化カリウム)を内服することがあります.バセドウ病の診断がつく前の段階で、抗甲状腺薬を使う前などで一時的に使用します.ただこの薬剤の甲状腺ホルモン量を抑制する効果は、長くもたないとされます.バセドウ病の診断がついた段階で抗甲状腺薬(チアマゾール(MMI)、プロピルチオウラシル(PTU))に切り替えます.この薬剤は甲状腺ホルモンの合成を抑制する作用があります.内服開始から2ヶ月~3ヶ月程度で甲状腺ホルモン値が正常範囲に改善するケースが多いです.また特に治療初期に動悸(頻脈)症状が強くでている場合、症状を抑えるためにβブロッカーというお薬を併用する事もあります.
内服治療であり外来通院だけで治療できるケースが殆どです.しかし内服薬のスムーズな用量漸減および内服終了が難しく、2~3年経過しても内服薬離脱が出来ないケースや、内服終了しても再発する場合も少なくありません.従って順調に治療が進み、一旦治療が終了しても、ある程度の期間のフォローアップ継続(採血検査)がベターと考えます.
また、抗甲状腺薬による副作用には注意が必要です.掻痒感、発疹、肝機能障害等は珍しい副作用ではなく、慎重に経過を診ていく必要があります.また頻度は低いものの、無顆粒球症という重篤な副作用が起こる事もあります.抗甲状腺薬を開始してから最初の3ヶ月間に副作用が起こることが多く、その最初の期間は2週間~3週間毎に通院して頂き、血液検査でのチェックが必要です.その後は1ヶ月~2ヶ月間隔の通院となることが多いです.
抗甲状腺薬内服では治療が上手くいかない場合や副作用で治療中断を余儀なくされる場合にアイソトープ療法を選択されることがあります.放射性ヨードのカプセルを内服すると、甲状腺に放射性ヨードが取り込まれ、甲状腺の細胞が破壊され、甲状腺ホルモンの分泌量が抑制されることになります.過剰に分泌されていた甲状腺ホルモンの量は抑制されますが、丁度良い甲状腺ホルモンの量になったところでその破壊が止まるわけではありません.内服した薬剤の効果が続く限りは破壊は進み、最終的に甲状腺機能低下症になるため、甲状腺ホルモン製剤を内服して必要量を補充する必要があります.
薬剤として放射性物質を使うため、妊娠中・妊娠の可能性のある患者さんや授乳中の患者さんには治療の適応がありません.また治療可能な医療施設が限られます(神奈川県内でも4ヶ所です).当院の患者さんで治療を希望される場合、適切な医療機関への紹介とさせて頂いております.
甲状腺全体もしくは一部を切除して甲状腺機能亢進を改善させる治療法です.特に甲状腺腫脹がひどい場合、(アイソトープ療法の場合と同様に)抗甲状腺薬内服では治療が上手くいかない場合や副作用で治療中断を余儀なくされる場合に選択される治療法です.当院の患者さんで手術療法を選択される場合は、外科(甲状腺外科)がある病院へ紹介させて頂きます.(アイソトープ療法と同様に)治療後は甲状腺ホルモンの分泌産生が減少もしくは無くなってしまい、甲状腺機能低下症になるリスクがあり、その様な場合は甲状腺ホルモン製剤の内服が必要になります.
亜急性甲状腺炎は前頸部の痛みや発熱を伴い、甲状腺に炎症が起こる病気です.ウイルス感染を契機に起こる病気と考えられています.甲状腺の濾胞の破壊により、一時的に甲状腺ホルモンの血中濃度が上がり、甲状腺中毒症の症状がでてしまいます.患者さんの男女比は1:5程度とされ、女性の方が多い疾患です.若年者から中年期に多く発症するようです.
亜急性甲状腺炎の原因は明確になっていません.風邪等の上気道感染症の後に上記のような症状で発症する事が多く、ウイルス感染の関与の可能性が高いと考えられています.
亜急性甲状腺炎では90%以上のケースで前頸部に痛みや腫れが認められます.他に発熱、動悸や疲れやすさ、だるさ、食欲低下、筋肉痛等が出ることがあります.甲状腺ホルモンが上昇するため、甲状腺機能亢進症・バセドウ病の説明したような症状が出ることもあります.
前頸部の痛みは前頸部全体と言うより、右側ないし左側に自覚されることが多く、その痛みの場所が対側に移動することもあります.
主に以下のような検査を行い、結果を総合的に判断したうえで診断します.
軽症例では非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の内服から開始しますが、無効な場合等では副腎皮質ホルモンの内服を行います.副腎皮質ホルモン内服は症状を見ながら、2ヶ月~3ヶ月程度の時間をかけて徐々に薬の量を減量していきます.治療後、再発しやすいということはありません.
甲状腺の中に固まり(結節、腫瘍)ができる事があります.
症状ははっきりしないこともありますが、結節がある程度に大きくなると、自分で気づくことや御家族からの指摘で受診に繋がることがあります.頸動脈の超音波検査や頭頸部・胸部のCT等で偶発的に発見されるケースもあります. Plummer病という疾患がありますが、この疾患の場合は甲状腺結節から自律的に甲状腺ホルモンが分泌されるため、甲状腺中毒症状を自覚することをきっかけに受診して診断に至ることがあります.
「甲状腺に出来る固まり」と一括りに言っても、経過観察すれば良い結節から、悪性腫瘍(癌)で手術や化学療法などの治療が必要なケースまで様々です.血液検査、超音波検査やCTなどの画像検査、そして場合によっては穿刺吸引細胞診等も行って、その固まりの性状を見極めて診断および治療をしていくことになります.大きさやエコーの所見などから穿刺吸引細胞診が必要な場合は、検査可能な病院への紹介を考慮させていただきます.
当院では、甲状腺ホルモン(FT3、FT4)および甲状腺刺激ホルモン(TSH)の院内検査が実施可能であり、甲状腺の超音波検査も可能となっております.日本内分泌学会認定内分泌代謝科専門医である院長が甲状腺疾患のフォローアップでお悩みの患者様の治療をサポートさせて頂きます.